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酒は人なり。米と生きる郷酒蔵「吉田酒造」

福井県永平寺町。霊峰白山連峰を望む九頭龍川の川面から立ち上がる霧は、天に向かう白い龍とみまがうほどに神々しいという。この大自然の営みに敬意を表して名付けられたブランド「白龍」を醸すのが、この地で7代にわたり酒造りに携わる吉田酒造だ。

 

「白龍」は、フランスで開かれる日本酒コンクール「SAKE MASTER」や、「ロンドン酒チャレンジ」で金賞を受賞するなど、高い評価を得ている。その蔵を切り盛りしているのは、女性当主と、娘の2人。当主は吉田由香里さん。先代の6代目当主だった夫・智彦さんが亡くなった後、7代目として蔵を継いだ。

 

当主の逝去、新たなる船出

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智彦さんの体調が悪くなった頃、関西の大学に通う次女・真子さん(現在の杜氏)を呼び戻し、卒業後ともに酒造りに携わるようになるが、2015年、智彦さんが逝去。外部の杜氏に依頼するも、腰を痛めシーズン半ばで地元に帰ってしまい、蔵の存続すら危ぶまれる事態へと追い込まれる。杜氏不在の緊急事態を、未経験でありながら真子さんが代理を務め、何とか乗り切った。

 

 蔵の存続に悩む、由香里さんは、蔵の理念や方針を一番理解している真子さんに杜氏を任せると決意し、2016年、蔵の存続を決めた。長女である祥子さんが営業を担当し、長女の夫・大貴さんが、米作りを担う体制が整った。

 

全てを物語る「米」づくり

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吉田酒造がこだわるのは、原料である米だ。自らの田圃で山田錦などを作り、自社で醸造するのが吉田酒造のスタイル。

 

フランスでは、自社でブドウを栽培し、醸造する蔵をドメーヌと呼ぶが、吉田酒造もまさに「ドメーヌ」に拘る。由香里さんは「原材料以上の酒はできません。米も、麹も、かけ米も、すべて自分たちが作る米に由来しているのです。日本酒造りにおいて「米」が、すべてを物語ります」と話す。

 

200年以上前の文化3年(1806年)創業の吉田酒造は、もともと稲作農家だった。今でも江戸時代から続く米蔵が現存しており、当時から自前の米で酒造りに携わってきたことがうかがえる。

 

昭和の時代は、他の酒蔵に販売する桶売りが中心で、わずかな1級酒と2級酒を造り地元で飲まれていたという。その流れを変革したのが、先代の智彦さんだった。

 

悔しい思いが「山田錦」造りの原点

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東京農業大学醸造科で学び、国税庁醸造試験所(現独立行政法人酒類総合研究所)で、酒造りの修行を積んだ。醸造試験所時代、各地の蔵から修行に来ていた仲間同士が、自分の蔵の酒を持ち寄った飲み会をよく開いたという。

 

そこで他の蔵の吟醸酒はすぐなくなるのに、自分の蔵の1級酒はなかなか飲んでもらえないという現実に直面。その悔しい思いから、山田錦を使った大吟醸酒を造ろうと心に決めたという。

 

しかし、山田錦は栽培が難しく希少な酒米のため、前年度の実績に基づく割当制で、新規参入の蔵には卸してくれないという事態に直面する。そこで、自社の田圃で山田錦を作ることを決意したのが、現在の吉田酒造の原点だ。

 

当初は化学肥料に頼り、わずかな収量しかなかった山田錦造りだが、農業改良普及センターなどの指導を受け、堆肥づくりから取り組む。安定的に収量を確保できるようになるまでに、3年の歳月を費やしたという。

 

智彦さんが蔵を継いだ当時、吉田酒造は福井県で最も小さな酒蔵だったというが、今では自社栽培米を中心に、蔵の思いに共感してくれる農家の協力のもと、約20ヘクタールにのぼるという。山田錦をはじめ、五百万石などを栽培栽培する契約農家は、半径5~10キロ圏内と目の届く場所に限り、その農家の人々は、蔵人としても酒造りにも携わっているそうだ。

 

大地と向き合うことが一番の強み

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吉田酒造では、それぞれの田圃で稲穂がどんな状態か、どう育っているかを事細かに把握して日本酒へと落とし込んでいる。由香里さんは「当たり前のことを、当たり前にする。毎年毎年それを繰り返し、「目が届く、手が届く、心が届く、米作りと酒造り」を心情に、愚直に大地と向き合っている」と話す。

 

数ある酒蔵の中でも、自分の蔵のすぐ目の前で米の成長が手に取るように把握できる環境は、国内でも珍しい。そのアドバンテージを十分活かし、酒造りに反映させている。

 

「私たち吉田酒造は田植えをし、精米し、洗米する時には、米の良し悪しが手の中で分かるんです。田圃一枚、一枚に個性があり、できる米も全て異なります。悪かった米はどう改良すべきか、一年中米と向き合う生活の中で発見し、それを実践できることが一番の強みだと思っています」と語る。

 

もちろん、醸造への気配りも忘れない。クリアで透明感のある綺麗な日本酒を造るには設備も重要なファクターだ。

 

米糠の落ちが良い精米機を使ったり、良い蒸米をつくるため洗米機にもこだわっている。漉し器や室を清潔に保つにはどうしたら良いかを追求し、酒の酸化が進まないように冷蔵環境も整えるなど温度にも細心の気を配る。自動圧搾ろ過機などを変えるなど、目指す酒質になるように順次、手を加えているという。設備投資は高額な資金を要するシビアな投資だが、将来を見据えれば、思い切った投資は必要不可欠であると、由香里さんは考えている。

 

とは言え、設備投資だけではままならないことが数多あるのが酒造り。とにかく手間がかかる重労働なのだ。麹作りには二昼夜を要するが、その間、繁殖に必要な適応温度をキープする必要があり、常時誰かがそばにいなくてはならず、作業は当番制にせざるを得ない。この作業を軽減するため、冷凍麹を使えるようにと、2021年秋には冷凍庫を導入する予定だという。

 

和嬢良酒。人の心で日本酒を醸す

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ファンが増え、評価が高まる吉田酒造だが、杜氏の真子さんはまだ28歳。蔵人も若い社員が多く経験の浅さが弱みだいう。

 

先代の時代から熟練の蔵人として酒造りを担う契約農家の「おんちゃん」たちは、社員よりも豊富な知識があるが故に、酒造りで意見が食い違うこともあるそうだ。

 

由香里さんは「酒造りで大切なことは、人は財産である」と言い、若手の未熟さを補うため、社内でディスカッションを重ね、意見の違いを納得行くまですり合わせているという。疑問や蟠りを解きほぐすことで、これまで培ってきた伝統や歴史を知る古くからの蔵人と、新たな力となる若手が共存できる環境を整え、若手の成長を期待するとともに、酒造りへの新風を吹き込む。

 

「酒造りは『和醸良酒(わじょうりょうしゅ)』。和の心は良酒を醸し、良酒は和の心を醸すです」。社員一同で米を作り、酒造りに真摯に向き合い、互いをリスペクトしあえる関係。チームとしてまとまれる蔵の雰囲気づくりが、吉田酒造が醸す日本酒の一滴となる。

「永平寺テロワール」と向き合う

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吉田酒造は、蔵のある永平寺という大地とともにあり、「永平寺テロワール」を大事にしている。

 

「永平寺の自然、大地、水、そして風土。一粒ひとつぶにその全てが凝縮されて白龍の米。雪に蓋をされ深い眠りについた田が春の訪れとともに目を覚まし、耕され、清冽な水が引かれ、新たな命が植えられる。白龍の酒造りは、ここから始まる…深い味わいの向こう側に、この命の水を育んだ美しい風土が見えるような盃を重ねる度に、どうしても一度は訪れたいと思ってもらえるような、米と生きる郷酒蔵こそが、白龍です」

 

これは白龍のホームページで紹介されている6代目智彦さんの言葉だ。この想いこそが「永平寺テロワール」の原点だという。

 

テロワールとはフランスのワイン造りで使われる言葉で、銘醸地の独自な土壌や気候など、ワインを造る風土全てを指して使われる。

 

由香里さんも、智彦さんの想いを受け継いでおり「日本酒を造るということは、米、酒、水、米を造る自然環境などあらゆることに気を配ることであり、気持ちを配ることで良い日本酒造りができる」と信じている。永平寺町の地元の蔵として、地域の風土や環境へのこだわりは強い。さらに、蔵を取り巻く、地域の人々も大切にしている。

 

「米を作っている時の土の香りや川の水のせせらぎ、稲をわたる風の音など、一つひとつが日本酒に込められています。日本酒を通して味わいはもちろんのこと、日本酒に携わる人々の想いも感じてもらいたい。そしてこの場所へ行ってみたいと思ってもらえるような日本酒を造っていきたいですね」。由香里さんは願っている。

 

会社名 吉田酒造有限会社
代表者 吉田 由香里
住所 福井県吉田郡永平寺町北島7-22
電話 0776-64-2015
ホームページ https://www.jizakegura.com
銘柄 「白龍」「游」「DRAGON KISS」

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