佐賀の風土に相俟った日本酒を目指して「基山商店」

基山商店店前

 

佐賀県の東端に位置し、福岡県と接する基山町。町内には福岡県と佐賀県をまたぐ脊振山地の一角、基山がそびえる。その名を冠した酒蔵「基山商店」は明治初期、近隣の地主数名が共同で酒造りを始めたのが起こりだ。法人化したのは1920年で、2020年9月に100周年を迎えた。

 

2019年に全米日本酒鑑評会の純米部門で「脊振湧水」がグランプリを受賞、また2021年にはフランスで開かれる「KURA MASTAR」の純米大吟醸酒部門で「基峰鶴純米吟醸山田錦」が金賞を受賞するなど、このところめっきり評価が上がっている。

 

漠然から確信へ。蔵を継ぐ決意をする大学時代

基山商店 小森氏

 

専務兼杜氏として蔵を切り盛りするのは4代目の小森賢一郎さん。この蔵に生まれ、蔵人たちに囲まれて育った。3人の姉を持つ4人きょうだいの末っ子で、子供の頃から漠然と蔵を継ぐのは自分だと思ってきた。

 

高校時代、進路に迷っている時、父から「東京農業大学にでも行ったらどうか」と勧められた。農大では1学年の醸造化学科に200人ぐらいの学生がいる中で、3割ぐらいが酒や焼酎、パン、味噌、醤油、酢など発酵系の家業の担い手が集まるという環境だった。後継者としてプレッシャーを抱える周りの学生たちとの交流や共感、影響もあり、家業を継ぐ思いが固まっていったという。

 

高校時代は勉強が嫌いだったが、大学では打って変わって勉強に励んだという。発酵における微生物の働きや化学的な変化など、これまで蔵の中で当たり前のように見ていた発酵という仕組みを、学問的な裏付けを持って見ることができるようになり、面白くて仕方なかったそうだ。

 

取引量の減少が、杜氏としての第一歩

基山商店01

 

大学卒業後、恩師からの紹介で奈良県葛城市にある梅乃宿酒造で醸造家としてのスタートを切ることになった。梅乃宿はこだわりの造りで特定名称酒を幅広く醸していたほか、当時から梅酒などのリキュールにもチャレンジしていたという。全国の地酒専門店などに出荷するなど、新たな販路も開拓していた。

 

その様々な取り組みに、こんなトライの方法もあるのかと勉強させられたそうだ。当初の計画では3年仕込み、2年営業と5年ほど経験する予定だったが、家業の事情があり1年半で基山商店に戻ることになった。

 

年間180Kℓほどの取引量があり、8割は普通酒だったという基山商店だが、その後、普通酒の売れゆきは伸びなやみ、取引量は70Kℓほどまで減った。

 

賢一郎さんが戻った当初は、梅乃宿酒造のような取り組みにチャレンジしてみたが、基山商店の流通は昔から関係が深い地元の卸問屋を通じたルートがメインで、主な販路は基山町や鳥栖市というのが現実で、全国の地酒専門店への出荷などはかなわぬ夢だった。

 

逆に地元の飲食店や酒屋などには基山商店の日本酒が並ぶのが当たり前で、地元からの根強いバックアップや評価の高さが強みでもあった。取引量が減少する中、流通の見直しをはかろうとしても地元の卸問屋との深い関係が壁となり、てこ入れに苦労した。

 

このまま減少し続けていくなら自分で酒造りをしたいと、家族とも話し合いを重ね、2013年ごろから杜氏として酒造りに取り組むこととなる。

 

酒造りの支えは「美味しい」の一言

その頃から特定名称酒が脚光を浴びるようになっており、そちらに舵を切って自分の造りたい酒造りができるようになった。2020年で7年目となったが、杜氏としてのプレッシャーや大変な面も多いが、飲んでもらった人に「美味しいね」と言ってもらえることが一番うれしいく、造りの支えになるという。

 

杜氏となってしばらく、特定名称酒の割合を増やしたことに対して、「値段が高いから売れない」「他と値段を合わせないと太刀打ちできない」など、心ないことを言われた時期があった。

 

酒の中身を全く見てもらえず、「この仕事って何だろう」と悩んだ時期もあり、何をやっても空回りして辛い思いをしたという。しかし、努力は徐々に実ってきた。蔵が福岡に近いため、かつて販路は福岡の方が多かったが、最近では佐賀市内の小売店も徐々に増えてきたそうだ。

 

酒造りは逆算

基山商店02

 

賢一郎さんは「酒造りは逆算」と言う。造りたい酒質にするためには、原料米を決め、設計図を描きイメージしながら最終的な酒へと落とし込む。また、一年の作業の中で気づいたことを書きとめ、米を洗う配置を変えたり、タンクの位置を変えたり、毎年ささいなことでも何かしらの改善を加えるのが小森さん流だ。

 

この変化を加えることで、作業効率を上げ、体への負担が少しでも楽になるような導線づくりを心掛けているそうだ。

 

水は地元の基山などから湧き出る伏流水を使っている。水質は中軟水で口に含むと思った以上に柔らかさが感じられ、目指す柔らかなテイストの酒を醸すのに適している。

 

原料米は父、純一さんの時代から地元の米農家とともに山田錦を作っており、2021年で34年目を迎えた。地元の山田錦で醸すことは蔵のこだわりだが、米農家も高齢化が進み、後継者への引き継ぎが課題となっている。

 

九州ではレイホウという米が栽培されており、基山商店の主力米の一つとなっている。「味気ない、そっけない酒になりやすい」と言われ敬遠されがちだが、設計図の描き方次第で旨みのあるしっかりした味わいの日本酒が醸せる。基山商店の酒造りと相性がよく、いずれ地元の契約農家に作ってもらいたいと考えているそうだ。

 

精米は委託のため、小森さんがまず米を手にするのは洗米、吸水時から。吸水は酒造りの肝となる作業で、つけすぎると重たくなり、早過ぎればそっけない酒となる。その時々の米の状態を見ながら、吸水のタイミングをいかに早くとらえるかが酒質を決めるポイントになる。

 

納得できる旨味が感じられる日本酒を作るために一番大事なのは麹だ。種麹の取捨選択や品温管理が重要な要素で、この作業を丁寧に行うことで他との差別化が図れると考えている。

 

自分らしい酒造りのボーダーライン

設備は純一さんの時代から最小限で造っていた。3、40年前まで340Kℓほど醸造していたが、純一さんは「日本酒は手で触って醸す」と言うこだわりのもと、むやみに設備を大型化することはなかったという。その設備は賢一郎さんのミニマムな造り方にもマッチしており、今も大事に引き継いで手入れをしながら使っている。

 

ただ、もろみの温度管理を行う冷却水の水温調整の機械化は検討している。ここ数年、杜氏として酒造りの指揮を執る中、発酵の温度管理の重要性を再認識したためだ。目指す酒質を表現するとともに、効率化を図るのに重要な設備だと考えている。

 

酒造りは常時2人体制で行うことが多いため生産高も限られる。その内、全国の地酒専門販売店などに向けた限定流通が半分程度を維持している。限定流通の取引量を今の倍にすることを5年以内の目標に、しっかりと伸ばしていくのが当面の課題だ。

 

地元の消費者を大事にしながら、県外にも発信していくトータルバランスを考えると、目標の生産量が一番しっくりくる数字で、小回りがきき、エンドユーザーや小売店、飲食店の方々に自分たちの想いを伝えやすい。それを超えると、自分らしい酒造りができなくなり本末転倒だと考えている。

 

ただ、売り上げを伸ばすことで、従業員の待遇改善や修繕費用の捻出などにも備えられると、専務としての気も配る。社員に対しては「冬の時期は仕込みが忙しくて休みが少なくなり、大きな作業があると朝は早く、夜は遅くまで続く。そんな中でも、一生懸命やってくれるのはありがたいなと思う」。

 

仲間意識の強さが支える酒造り

基山商店04

 

勉強会などもあって社員も他社との交流が増え、対面以外でもラインやメールなどで情報交換をしながら、切磋琢磨している。コミュニケーションが増える中でモチベーションが上がり、疑問や悩みなどが出てくると、賢一郎さんに酒造りの根幹に対する質問や、米に対する質問が増えるようになってきた。

 

この2年ほどで、良い傾向が見えてきたと感じているそうだ。「社員が酒造りを生業と考え、楽しんで取り組んでいるのは安心して見ていられる」と賢一郎さんは話す。

 

コロナ禍で様々な業界が売り上げを落としていく中で、基山商店はわずかなマイナスで踏みとどまった。しかし、売り上げを伸ばすために試行錯誤しながらマイナスだったことは不本意だった。家族全員の総意でもある「原料米の旨みを生かした酒造り」だけでは弱いという危機感を感じ、これまでのにない悩みやプレッシャーを感じた一年だったという。

 

佐賀県は狭く酒造組合の生産量も少ない。現在、実働している蔵は24ほどしかなく、皆がまとまって頑張ろうとする意識が強い。色々な悩みをお互いアドバイスし合い、酒の席では和気あいあいと意見交換ができるのは心強い。

 

賢一郎さんが杜氏として酒造りを始めたころ、それまで酒造業界の仕事などに携わったことがない主婦だった姉の綾子さんが企画や販売を担当するようになった。酒造組合の会合に参加するようになると、さまざまなことを教えてもらいながら酒造のいろはを学んだというそうだ。

 

新規参入からみる新たなる発見

酒蔵は建物の維持費もかかり、老朽化した設備への対応など手のかかるものが多く、酒造りは“茨の道”の割に実入りが薄い。そんな中、山口の「大嶺酒造」など新たに酒蔵を立ち上げる蔵や、廃業した蔵を復活させ、これまでとは違う日本酒造りに取り組む蔵も出てきた。

 

新しく立ち上げるには、それなりの勝算を見込んでおり、アプローチの方法もこれまでの蔵が持ち合わせていないような、外部から俯瞰でみたものを体現しているのを見ると、そんな方法があるのかと驚かされながらも発見も多い。

 

古きを守り、新しきを醸す基山の酒

基山商店03

 

蔵のブランドとして、蔵名を冠した「基山」という銘柄や、昭和初期にリリースした「基峰鶴」は、当時1級酒〜上位ブランドとして販売していた。貴一郎さんが杜氏となり、限定流通を始める際、銘柄をどうするか悩んだが、基山商店の歴史を脈々と受け継ぐ「基峰鶴」を採用し、今でも大切に使っている。

 

基山商店の酒は、ぜひ甘味のある九州の醤油を使った旨味のある料理と合わせて味わって欲しいと言う。最近の軽やかなソースを使ったフランス料理などとも相性がよく、旨味のある料理との相性の良さが際立つ。九州の食文化や地域性に相俟った日本酒を醸す。貴一郎さんは「これが基山商店の生き残る道であり、存在意義」と力強く話す。

 

今後、新たに85%ほどしか削らない米で作った、複雑味のある日本酒をリリースを予定しているそうだ。また、日本酒が海外に輸出され始め、アルコール度数が下がる傾向にある今、ワインなどと肩を並べても選んでもらえるよう13〜14度ほどの低アルコールの日本酒も手がけている。

 

多彩なアルコール飲料がある中で、シーンや料理に合わせた楽しみ方などを踏まえると、アルコール度数は応変に対応する必要を感じているそうだ。今後、基山商店からリリースされる日本酒に注目したい。

 

 

会社名 合資会社 基山商店
代表者 小森 純一
住所 佐賀県三養基郡基山町宮浦151
電話 0942-92-2300
ホームページ https://www.kihotsuru.com/
銘柄 「基峰鶴」

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